筑波技術大学
建築系コース
Tsukuba University of Technology
Department of Architecture Course

梅本舞子 研究内容

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馬と暮らす

引退馬と人が共に暮らす形を探るべく、開始したプロジェクトです。多様な立場の人が関わり、様々な試行実験を行っています。
私はハル建築研究所さんと共に、まずはそのための空間計画を行いました。そして20238月に無事竣工、10月に最初の馬の引っ越しが完了しました。

馬と人が対等な関係でいられる住まいを

これが、お施主さんからの最初の要望でした。
かつての日本には、曲がり屋をはじめ、馬と暮らすための住まいがありました。それらを参考にしながらも、相手は競走馬としてトレーニングを受けていたサラブレッド。お互いに気配を感じつつも、一定の距離感が必要だと考えました。また、計画するのはあくまで住まいなので、大きなボリュームにはしたくありません。
そこで、馬の寝床である馬房と、人の寝床となるクラブハウスを分けることにしました。その上で、各々の棟の大きさが同じになるようにと試行錯誤して辿り着いたのが、4間(約7.2m)の方形(ほうぎょう)でした。馬の寝床のサイズとしては、一般的な馬房よりも少し大きめの2間(約3.6m)四方が望ましいとのこと。つまり8畳、これは人の寝床サイズとしても一般的に普及しているサイズです。これを4つ組み合わせた田の字の正方形が、1棟のサイズです。4頭が入る馬房が2棟と、クラブハウスが1棟、全部で3棟の方形です。
互いに視線のやり取りは可能でありながらも、一定の距離を保てるように建物を振った計画が見えてきました。

馬搬材を現しにする

お施主さんの次の要望は、建物を構成する骨組みに馬搬材を使うこと、そしてそれを現しにする(見える状態で仕上げる)ことでした。そこで、構造材を現しにする縦ログ構法を展開する福島県南会津の芳賀沼製作さん、そして岩手県遠野市で馬搬の普及活動を行う馬搬振興会さんに相談に乗っていただきました。
馬搬出材をどのように現しにすれば良いかを様々な角度から検討した結果、方形の中央1間分が適することが見えてきました。馬房棟は4頭が出入りすることになるため、それぞれの馬房の中央に出入り口が計4つ、そしてこれとは別の方向に窓が計4つ必要になります。そうなると必然的に、壁として残せるのは4辺の中央です。方形の各辺の中央1間を、馬搬出材を用いた縦ログにすることで、よりシンボリックなデザインになることが見えてきました。また、別途検討していたクラブハウスのゾーニングも、このルールに従うことで自然と開口部が確保できることがわかりました。
プロジェクトで使用したのは、新月に伐採され、丸太のまま3年の乾燥期間を経た馬搬出材です。この馬搬出材を、芳賀沼製作さんの南会津工場にてパネル化したものが、各々の棟の中央の壁を構成しています。

馬房はフレキシブルに

お施主さんからの3つ目の要望は、馬房を馬房としてだけでなく、フレキシブルに使えるようにすることでした。
一般的に馬の寝床となる馬房は、硬い壁で仕切られています。それはよく知られるように馬のキック力が凄まじく、簡単に壁に穴が空いてしまうほどの破壊力があることも一因です。
しかし、馬房を硬い壁で仕切ってしまうと、馬房は馬房としてしか使えなくなります。当たり前ですが、馬も病気をして入院が必要な場合もありますし、いつかは生涯を終えます。つまり、ここにいられる馬の数は、変動します。また時に、馬と人が隣り合って眠る日だってあって良いかもしれません。
そこで、馬房は固定した壁で仕切るのではなく、移動可能で視線交流もできる格子状のパーティションで仕切り、空間を様々に設えることができるようにしました。大きな力を受けても建物には影響が出ないよう柱や梁などの構造材からは分離し、環状にすることで自立するパーティションとなっています。また、馬房として使用しない時は取り外し、屋外でサンシャインパドック(屋外の放牧場)用の囲いとしても使用できます。
さらにもう一工夫し、馬房ドアにの上部にはスリットを入れました。これによって、夜は月あかりの下で、馬と人が静かに過ごせるようにしました。